mame*note 5月28日
■4,5月のイロイロ、まとめ書き・
<其の1。いろいろ、サヨナラ>
■4,5月は「サヨウナラ」がおおかった。生徒さんが何人か他県へ。転勤の季節なのでしかたないけどなあ。先日熊本にいったYちゃんから葉書をいただく、元気そう。東京にいった独身のNちゃんはいままで親元だったので「ベジキッチンのレシピでこれから料理がんばりますっ!」と意気込んでいた、ガンバレー
■2つめの「サヨナラ」は桜。わたしの家から車をおいている駐車場まで3分、とおりみちに竜神池がある。道の両側に桜の大木が数本あり、春はそれはきれい。池にはのんびり亀がこうらぼしで、いつも癒してもらっていた。ふとみると桜の木になにか札がかかっていて「サヨウナラ」とかいてある。「中が空洞化してもう老木です。危ないので4月末にきりたおされます」。そういえば、このまえヲジサンが聴診器みたいなのを木にあてていたなあ、樹木医という職業だったんだ。なんだか死刑の宣告みたい。5月にはいってもまだそのまま。ちょっと執行がのびてほっとする。するとこのまえ男の人6,7人がかりで死刑宣告された2本の大木を切り倒し、次の日には、あとかたもなくあたらしいアスファルトがひいてあり、なんだかものすごく悲しくなる。
今年も、去年も、ここに住み始めてから駐車場から家までの3分の間、桜にどれだけ癒してもらったことか。ありがとう。
■3つめは「サヨナラ」は、かわいがってくれた叔母(3月8日の日記)が急に逝ってしまったこと。部屋にいくと、まだ病院からすぐ戻ってくるつもりだったのだろう、冷蔵庫にオソウザイなどがつくったものがはいっていた。寝室には枕元にこのまえわたしがでていた雑誌がおいてあった。ヌシがいなくなった部屋は寂しい。写真はすごい腕前でよくシルクロードなどに撮りに行き個展など開いていた、すごくきびしい人だったが、いまとなってはあの厳しさが懐かしい、筋がとおった人だった。わたしがチチの介護とハハの入院であたふたしていたとき、庭のバンペイユウを皮を全部剥いて、すぐ食べられる状態にしてくれてて「食べなさい。ジュンコちゃん(うちのハハ)にももっていって」とさしだしてくれた、黄色いジューシーなバンペイユウの味はいまでも忘れられない。今年はまた、たくさんの花をつけた。
■以前叔母からもらった写真の花がエーデルワイス(写真)だった。お葬式のときに、このエーデルワイスが礼文島でとったものだ、ということが友人のかたの弔辞でわかる。叔母との旅行でエーデルワイスをみたのがいちばん感動した、というくだりがあった。礼文・利尻、いってみたいな。
■最後の「サヨナラ」は、チチとオトウトが3回忌がおわってやっとお墓にはいったこと。ずっと仏壇にいたので、実家にいくとすごく身近な気がしてほっとしていたのだが、ちょっと寂しくなる。4,5月はなんだか悲しい月なのかもしれない。

.mame*note 5月29日
■4,5月のイロイロ、まとめ書き・
<其の2。いろいろ、ビックリ>
■いやーびっくり。先日全日空Hでのお野菜ゼミとお食事会でのこと。「トマト+パイナップル、トマト+ニューサンマーオレンジ」を飲んでもらって、トマトとあとなにがはいっているかをあててもらったのだが、ニューサンマーにかんしては「柑橘類」をいえば正解にしようとおもっていた。すると、ちゃーんと「ニューサンマーオレンジ」とあててくださったかたが2人も!すごいなあ、おまけに、「サンマー」と発音してくれたのがワタシのツボにはいる!あてたかたの一人は、昔のテニスの知り合いの大先輩Wさん。まさかこられているとは。。。。このかた、めっちゃ料理が上手で手早い。つわぶきのベーコンいため、などもwさんに教わった。ばしっとあてるなんて味覚もすばらしいんだろうなあ。さぱっとしてとっても好きなかたである、きてくださってうれしかった、ありがとう。
■もひとつのびっくりは、行者にんにく、これ旨いのである。北海道の山菜、といわれアイヌ葱とも。いま市場にでまわっているのは他の山菜同様ほとんどが人工的に栽培されたものだが、今回手にいれたのは、オトウトの友人Fくんが北海道某地で自分で山でとってきてくれたもの。味も香りもすごい。(写真)昔、修験道の行者が滋養強壮に食べたという言い伝えからこの名前とか。
■生で食べてみる。うおーー!口のなかがねぎ+にんにく+にらみたいなかんじ。好き、好き。にらたまもどき、もつ鍋、水餃子、しょうゆ漬けなどをつくる。いちばんおいしかったのは、やはり水餃子。もちろん、にんにくはいれなくても充分。ところで、ぎょうざの皮はいま修行中、なかなか中国人みたいになるには不器用なわたしは先が長そう。うまくなったら教室でやりますねー。少し冷凍してとっておく。元気がでそうな野菜なのでへこんだときに食べるとしよう。
■ヲトウトの3回忌には、行者にんにくをもってきてくれたF君をはじめ、全国から高校、大学のラグビー部あわせて40人もあつまって母校のF高のグランドでF高校 VS H大の追悼試合が実現、このつながりにもびっくりした。F高がぶっちぎりで勝ち、2年後には函館でまたリベンジマッチやるのだとか。さすがに息があがってつらそうだったが、みんな土まみれになって、血流して、楽しそうだった。体育会系のつながりはすごいなあ、感謝。昔はいやいや歌っていた「千代原頭」がここちよい。
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